◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆

RETIOメルマガ第149号より引用

                  

◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆

                  

 

[賃貸借契約の成立]

 

マンションの一室について、貸主との間で賃貸借契約書に記名押印をした借主が、貸室の

入居日は決まっておらず鍵の引渡を受けていないことから未だ契約は成立していないとし

て、貸主に支払った契約代金の返還を求めた事案において、借主の主張はいずれも契約成立

要件にあたらないとしてその請求を棄却した事例

(東京地裁 平成29年4月11日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)

 

1 事案の概要

 

平成27年6月15日 借主X(個人・原告)は、マンションの一室(本物件)を業者の仲

介により、貸主Y(事業主法人・被告)との間で、賃貸借契約(本契約)を取り交わした。

 

<本契約の概要>

・賃料:月額64,000円、管理費月額3,000円、敷金64,000円、礼金64,000円

・期間:平成27年6月30日(入居可能日)から平成29年6月29日まで

・契約解除:借主は2か月前の書面通告、もしくは2か月分の賃料相当額を貸主に支払うこ

とによって契約を解除できる。ただし、契約開始日より平成29年1月末日ま

では解約ができないが、借主都合によりやむを得ず解約する場合は、貸主に違

約金として賃料の1か月分相当額を支払う。

・敷金償却:借主が毎年2月1日から3月10日までの間以外の期間に退去した場合、敷金

5万円を償却する。

 

Xは、本件契約書の取り交わしに先立ち、本契約締結において必要となる費用等として、

敷金・礼金各64,000円、6月分の日割家賃2,400円、自動引落手数料(24か月分)2,400

円、事務手数料10,800円、アパート保険の保険料(2年分)18,000円、鍵交換費用12,960

円及び仲介手数料69,120円の計243,680円をYの銀行口座へ振り込んだ。

しかしXは、平成27年7月8日付で、Yに対し「平成27年6月30日から始まる契約を

キャンセルとする。」として、Xが支払済の金員より10,800円を除く232,880円の返金を受

ける旨記載した「解約合意書」を送付した。Yは、同月11日に同書面を受け取ったが、こ

れに応じなかった。

その後Xは、「(1)アパート保険の契約が未締結であったこと、(2)入居日が決まって

いなかったこと、(3)鍵を受け取っていなかったこと、(4)本件建物の掃除・リフォーム

がされていなかったこと」を根拠に本契約が成立していないと主張して、Yに対して248,600

円の支払を求める本件訴訟を提起した。

 

2 判決の要旨

 

裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を棄却した。なお、Xは控訴を行っている。

XとYは、平成27年6月15日に、Xが本件建物をYに住居として使用させることを約し、

Xがこれに対して月額64,000円の賃料を支払うことを約することを内容とする本件契約書

に記名又は署名及び押印をしてこれを取り交わしているのであって、その旨合意していた

ことが明らかであるから、本契約は、その時点において成立したと認められる。また、Xは、

Yに宛てて同年7月8日付で「解約合意書」を送付しておりX自身も、本契約が成立してい

ると認識していたものと考えられる。

この点について、Xは、「(1)アパート保険の契約が未締結であったこと、(2)入居日

が決まっていなかったこと、(3)鍵を受け取っていなかったこと、(4)本件建物の掃除・

リフォームがされていなかったこと」を根拠として本契約が成立していないと主張するが、

いずれの点も賃貸借契約の成立要件には当たらないことが明らかであって、これらの事実

が本契約の条件とされていた旨の主張・立証もないから、主張自体失当である。

もっとも、上記「合意解約書」は、Xにおいて本契約を爾後解消したい旨を表明したもの

といえ、これをYに送付することにより本件契約を解約する旨の意思表示をしたものと認

められるから、本件契約は同解約の意思表示により解除されて終了したとみるほかないが、

こうした法律関係を前提としても、Yには解除に伴う原状回復として、Xに対して返還すべ

き金員が存在すると考えられる。

Xが、Yに対して本契約を締結するに際して支払った金員のうち、(1)敷金64,000円及

び家賃2,400円については本件建物の引渡しがされていないため、(2)諸経費の中の自動

引落手数料2,400円については引落が開始されていないため、(3)アパート保険の保険料

18,000円については保険に未加入のため、(4)鍵交換費用12,960円については鍵が引き

渡されていないため、Yは、これらの計97,360円をXに対して不当利得として返還する必

要がある。

しかしながら、礼金64,000円、事務手数料10,800円及び仲介手数料69,120円について

は、契約成立に伴い発生するものであって、いったん契約が成立している以上、Yは返還す

ることを要しない。

他方で、本契約は、Xの平成27年7月11日の解除によって終了したのであり、Xは、(1)

本契約即時解約の違約金128,000円、(2)平成29年1月末日を待たずに解約したことに

係る違約金64,000円、(3)毎年2月1日から3月10日までの間以外の期間に退去したこ

とによる敷金の償却分5万円、の計242,000円をYに支払わなければならない。

すると、XのYに対する不当利得返還請求権は全て消滅していることから、XのYに対す

る請求には理由がなく、これを棄却する。

 

3 まとめ

 

一般に賃貸借契約は、諾成契約であるとしながらも、当事者間に特別な関係がある場合を

除き、通常賃貸借契約書が作成され、これをもって両当事者の意思が確定的となり、その時

点で契約が成立したものと認められます(東京地判 平25・7・17 RETIO95-78)。

このため、建物賃貸借契約が成立した後の契約解除は、借主の入居日到来前であっても、

入居の有無に関係なく契約の約定により処理されることとなります。

ただし、本件事案においては、入居前に伴う解約時精算項目として、敷金・家賃(引渡未

実施)・月額引落手数料(引落未実施)・アパート保険の保険料(未加入)・鍵交換費用(鍵

引渡未実施)等は、借主に返還される金員であると判断されています。

入居前の契約解除トラブル時において貸主、借主及び仲介業者における解約時精算事例

として、本件事案は参考になるものと思われます。

 

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