◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆

−オフィスビルと心理的瑕疵−

控訴審において、オフィスビルのテナント従業員の自殺を理由とする貸主の賠償請求を認

容した一審判決を失当として破棄した事例

 

オフィスビルにおけるテナント従業員の非常階段からの転落死亡事故につき、当該自殺

事故により建物価値が毀損したとして、貸主が借主に損害賠償を求めた事案の控訴審にお

いて、当該事故は自殺とは認められず、また、借主関係者の過失による死亡事故であったと

しても、借主にオフィス用物件である本件建物や本件貸室の価値を下げないように配慮す

べき義務を認定できないとして、貸主の1000万円の賠償請求を認容した一審判決を破棄し、

貸主の請求を棄却した事例(東京高裁 平成29年1月25日判決 棄却 上告受理申立却下 ウ

エストロー・ジャパン)

 

1 事案の概要

Ⅹ(1審原告・被控訴人:貸主・法人)は所有する9階建オフィスビル(本件建物)の7

階貸室(事務所)を、Y(1審被告・控訴人:借主・法人)に賃貸していたところ、平成26

年1月、Yの従業員Aが9 階と屋上の間の非常階段の手すりを越え、転落して死亡する事

故(本件事故)が発生した。

Ⅹは、本件事故前から、本件建物を4億2千万円で売り出していたところ、本件事故が発

生したため「精神的瑕疵有」と記した物件概要書を掲げ、売却価格を3億8千万円に減額し

て再度売り出しを行い、平成26年6月、3億7500万円でB社に売却した。

Ⅹは、本件事故はAの飛び降り自殺であり、本件事故により本件建物の価値が毀損された

として、Yに対し、債務不履行(善管注意義務違反)又は契約上の損害賠償請求権に基づき、

弁護士費用を加えた4,950 万円の損害賠償を求めた。

警察署による捜査結果において、本件事故は自殺と断定されていないものであったが、1

審は、Aが自殺を図ったものと推認できるとし、また、Yの善管注意義務の内容には、Yの

従業者をして、本件建物の貸室及び共用部分において自殺をしない義務が含まれるとして、

Ⅹの請求につき1000万円の損害賠償を認容した。

Yは、これを不服として控訴した。

 

2 判決の要旨

裁判所は次のように判示して、Ⅹの請求を棄却し、訴訟費用は全額Ⅹの負担とした。

⑴ 本件事故が自殺か否かについて

Ⅹは、本件事故はAによる自殺であると主張するが、本件事故に係る認定事実によれば、

Aは、本件建物の外付け非常階段設備の9階から屋上に昇る部分から何らかの理由で地上

に転落し、死亡したものと認められる。

次に、Aが自らの意思により上記場所から飛び降りたのか否かにつき検討するが、Aが転

落したと認められる上記の部分は、立ち入りが禁じられている場所ではなく、景色を眺め、

休息や考え事をしていたとしても不自然ではなく、少なくとも、自殺であるとの認定判断に

結びつくほどにAの行動が不自然であるとは解されない。

このようにしてみると、証拠上認定できる本件事故の態様や本件事故の現場の構造等の

客観的な事実関係のみからは、本件事故が、ⅩのいうAの自殺によるものと断定することは

できない。

Aにおいて自殺をするような動機があったか否かという主観的な事情の側面から検討し

てみても、認定事実によれば、Aについてそのような動機は認められず、また、本件事故の

直前の生活状況等をみても、自殺を示唆するような言動や兆候などの不審な状況は存在し

ていない。

これらの事情からすると、Aには自殺の動機が見当たらず、その他、自殺の可能性をうか

がわせるような事情も存在せず、本件事故がAの自殺によるものであるとは認められない

というべきである。

⑵ 結論

以上によれば、Yの債務不履行又は約定による損害賠償責任を問題とするⅩの請求は、そ

の前提を欠くので、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないという

べきである(なお、Ⅹが、Yの関係者の過失による死亡事故の場合にもYの債務不履行又は

約定による損害賠償責任が生ずると主張していると解しても、本件事案では、Yが本件貸室

を返還するのに付随して、オフィス用物件である本件建物や本件貸室の価値を下げないよ

うに配慮すべき義務を認定することはできないのみならず、事柄の性質上、Ⅹの主張する損

害と因果関係のあるYの債務不履行又は約定による損害賠償責任を認定するのは相当では

ないというべきである。)。

 

3 まとめ

本件1審判決は、「テナントに1000万円の賠償が認められた事例」として報道(平成28

年8月8日 毎日新聞)され、これに対し、当該判決は不当ではないかとの意見(TKCロー

ライブラリー 新・判例解説Watch 民法(財産法)No.126 専修大学教授 山田創一氏)が見

られるなど、一時話題になった事案です。

本件事故は、共用部分で発生したものであること、本件建物は事業用物件であり、居住用

と異なり心理的瑕疵の影響が考えにくいこと、本件事故の発生がその後の賃料に影響して

いないことなどから、貸主請求を棄却した本件控訴審の判断は、納得のいくものと言えるでしょう。

また、「本件事案では、Yが本件貸室を返還するのに付随して、オフィス用物件である本

件建物や本件貸室の価値を下げないように配慮すべき義務を認定することはできないのみ

ならず、事柄の性質上、Ⅹの主張する損害と因果関係のあるYの債務不履行又は約定による

損害賠償責任を認定するのは相当ではないというべきである。」との本件判示は、実務上参

考になるものと思われます。

他に、共用部分における事故等に関し心理的瑕疵が争われた事例としては、「賃貸借建物

の屋上からの自殺事故について、貸主に告知義務がないとされた事例」(東京地判 平18・

4・7 RETIO82-136)、「建築中マンションのエレベーターシャフト内の作業員死亡事故につい

て、心理的瑕疵の存在を否定した事例」(東京地判 平23・5・25 RETIO85-92)が、事業用建

物において心理的瑕疵が争われた事例としては、「商業ビルの一室において、2年以上前に

放火殺人事件が発生していたことが、同ビルの交換価値を著しく損傷されたとは認められ

ないとして、競売の売却許可決定取消申立が棄却された事例」(東京高判 平14・2・15

RETIO82-131)が見らます。

                  

(引用元 RETIOメルマガ第137号)

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