最近の判例から

RETIOメルマガ第144号より引用

◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆

                  

[心理瑕疵(自殺事故)]

 

賃貸マンションの入居者との契約に際し、他の部屋において発生した自殺事故の告知義務はな

いとした事例(仙台地裁 平成27年9月24日判決 消費者法ニュース106号268頁)

 

1 事案の概要

 

本件マンション一棟(鉄筋コンクリート造4階建・全12戸)を、建物所有者X1(個人)

より賃借し第三者に転貸していた転貸人X2(法人・代表者X1)は、平成18年12月、転

借人Y1(個人)に、本件貸室(約80平米)を、賃料月額98千円、共益費月額5千円、敷

金198千円、礼金98千円、駐車場月額1千円の条件にて賃貸した。

平成23年6月、Y1の同居人Aが、本件貸室のバルコニーで自殺する事故(本件事故)

が発生した。

Y1はその後も本件建物に居住していたが、平成26年11月に退去した。

X1及びX2は、Aによる本件事故が、Y1のXらに対する債務不履行・不法行為に当た

り、本件貸室のほか、他貸室においても賃料減額・空室による損害、リフォーム費用等が発

生したとして、X1は、Y1に対して1145万円余、Aの相続人Y3及びY4に対して各572

万円余の損害賠償を、X2は、Y1とY1の連帯保証人Y2に対して1696万円余、Y3及

びY4に対して各803万円余の損害賠償を求める訴訟を提起した。

 

2 判決の要旨

 

裁判所は、次の通り判示して、X1の請求は全て棄却し、X2の請求は一部認容した。

 

(1)Yらの損害賠償義務の有無について

 

本件貸室のバルコニーにおいて生じた本件事故は、一般的に当該居室を賃借するに当た

って心理的な忌避感あるいは抵抗惑を抱かせるものであることから、Aは本件事故により

生じた損害につき、不法行為責任を負うものであり、同人の死亡に伴い、その子であるY3

及びY4は債務を2分の1の割合で相続したものと認められる。

また、Y1は、X2から本件貸室を賃借していたところ、AはY1の占有補助者というこ

とができるから、信義則上、Aの過失はY1のX2に対する債務不履行に当たると認められ

る。すると、Y1及びY2は、Xらに対する不法行為責任は負わないが、X2に対して本件

事故により生じた損害につき債務不履行責任を負うものと認められる。

 

(2)損害額について

 

Xらは、本件事故は避難経路等として使用される本件貸室のバルコニーで発生したもの

であること、本件貸室以外においても新たに賃貸する場合には、本件事故を重要事項として

告知する義務があることなどから、本件貸室以外の居室についても本件事故による影響が

生じていると主張する。

しかし、本件マンションは各室の独立性の高い構造であり、本件貸室のバルコニーも災害

時等を除けば、居住者以外の者が立ち入ることができないこと、本件事故による物理的な影

響が本件貸室以外にまで及んだ証拠はないことから、本件貸室以外の居室の新たな賃借申

込者に対して、本件事故を告知すべき義務があるとは解されず、また、本件貸室以外の居室

にまで損害が生じたものとは認められない。

Xらは、インターネットのサイトにおいて、本件マンションが自殺の発生した物件として

紹介されているとも主張するが、仮にそうであったとしても、このような第三者による、意

図的な作為が介在したことによって生じた結果についてまで、本件事故と相当な因果関係

のある損害ということはできない。

上記を前提にXら主張の損害について検討すると、本件貸室以外の居室についての賃料

減額・空室等の損害、リフォーム代、本件貸室の将来のリフォーム代については、本件事故

との因果関係を認めることはできない。

本件貸室については、本件事故による損害が考えられるが、本件事故は日常の主立った居

住空間ではなくバルコニーで発生したこと、平成26年11月8日まではY1が本件貸室を

賃借していたこと、同日以降についても、Y1が退去した時点で本件事故の発生から3年余

りが経過しており、本件貸室に関する心理的な忌避感や抵抗感も相当程度軽減されている

といえることから、Y1の退去後、半年間の賃料及び共益費相当額に相当する61万8000円

(賃料9万8000円と共益費5000円の6か月分)の限度で本件自死と相当な因果関係のあ

る損害と認められる。

X1主張の損害については、本件事故の結果、X2に対する賃料が減額されたような事実

の主張も立証もないことからすると、X1に損害が生じたものとは認められない。

 

(3)結論

 

以上により、Y1及びY2は、X2に対して、連帯して61万8000円の支払義務が、ま

た、Aの相続人であるY3・Y4は、不法行為に基づき、X2に対して、各30万9000円の

支払義務があるものと認め、裁判費用については20/40をX1の負担、17/40をX2の負担、

2/40をY1・Y2の負担、1/40をY3・Y4の負担とする。

 

 

3 まとめ

 

本件転貸人は、業者等へのヒアリングにより、トラブル回避の観点などから、他貸室の入

居者に対しても本件事故があったことを告知していたようですが、「自殺事故のあった貸室

以外の新規入居者に対して、当該事故の告知を行う義務があるか」については、本件判決

のほか、東京地判 平19・8・10(RETIO73-196)、東京地判 平26・8・5(RETIO98-138)に

おいて、「賃貸マンションの入居者との契約に際し、他の部屋において発生した自殺事故の

告知義務はない。」との判断がされており、いずれも、当該事故により他貸室においても損

害が発生したとする貸主の主張が棄却されています。

また、インターネットのサイトにおいて、自殺の発生した物件として紹介がなされている

ことがありますが、当該紹介によって生じた結果が、自殺事故と相当な因果関係のある損害

ということはできないとした本件判断は、実務上参考になるものと思われます。

 

Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください