◆◇◆ 最近の裁判例から ◆◇◆【消防法規制の説明】

RETIOメルマガ第198号より引用

◆◇◆ 最近の裁判例から ◆◇◆

                  

【消防法規制の説明】

消防法の規制によって賃貸対象物件が事業目的として利用できないとする借主の訴えが棄

却された事例(東京地判 令3・11・29 ウエストロー・ジャパン)

 

1 事案の概要

平成31年3月26日、医療法人X(原告)は、クリニックを開業する目的で貸主Y(被

告・非宅建業者の法人)との間で10階建てビルの8階部分204.48㎡について事業用賃貸

借契約を締結し、敷金1175万円を含む1322万円の初期費用を支払った。

本件ビルの建築当時(平成3年)、10階の高さは31mを超えていることから、条例により

10階部分についてスプリンクラーの設置義務があったが、1階から10階までの各階に設置

されている屋内消火設備を維持することなどを条件に、10階部分のスプリンクラー設置を

緩和する特例措置(東京都火災予防条例47条(基準の特例))を当時の本件ビル所有者が所

轄消防署に申請して認められていた経緯があった。

しかし、Xが8階フロア全部にクリニックとして入居する場合には、面積割合の問題から

本件ビルが複合用途防火対象物となって入居前と異なる規制が課せられることとなり、そ

の結果、関係法規に適合するようにするためには、①全館屋内消火栓設備に非常用電源設備

(費用見積1300万円強)を設置するか、②クリニックとして使用する範囲を10㎡程度減

床して、当該10㎡に機能的にクリニックから独立した区画を設けることにより複合用途防

火対象物に該当しないようにする必要があるということが本件契約締結後に判明した。

令和元年6月20日、Xは、本件契約の目的が達成できないとして、本フロアに入居する

前に本件契約を解約する旨、Yに通知した。

Yは、同年7月19日、本件契約の特約である開始前解約条項に該当するとして、受領済

の敷金等初期費用から違約金881万円を控除した440万円余のみをXに返還した。

Xは、Yに対し、主位的に本件契約の原始的不能や錯誤無効、予備的に瑕疵担保責任や不

法行為責任を主張し、未返還敷金881万円のほか、開業目的で支出した電子カルテや医師ス

タッフ人件費等、総額4113万円の支払いを求めて本件訴訟を提起した。

 

2 判決の要旨

裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。

[原始的不能及び錯誤無効について]

本件建物の屋内消火栓設備に非常電源を設置すれば条例47条の特例の適用を改めて受け

ることができるし、クリニックとしての面積を10㎡程度減床すれば、そもそも本件建物が

複合用途防火対象物に該当することはなく、本フロアをクリニックとして利用することが

できたのであるから、多額の費用が必要なことを考慮しても、本件契約締結時に本件契約が

原始的に不能ということはできない。

また、Xが所轄消防署に照会をすれば、本件建物が条例47条の特例の適用がされている

建物であることについて、また、用途変更に伴い条例47条の特例の適用を改めて受けるに

は相応の対応が必要となり得ることを容易に知り得たものと認められるから、本件契約を

締結したことについて、仮に動機の錯誤があったとしても、本件契約の締結に先立ち、所轄

消防署に対する事前の照会を怠ったことは、X側の重大な過失というべきである。

[瑕疵について]

本件契約締結時の状況に照らして、Xが本フロアにおいてクリニックを開業するという

本件契約をした目的を達成することができなかったとは認められない。

[設置義務違反ないし告知義務違反について]

消防法2条及び17条1項によれば、消防用設備についての設置・維持義務を負う関係者

は、所有者、管理者又は占有者をいうところ、所有者であるYと、本フロアに入居すること

により占有者となるXのいずれが当該義務を負うかについては、その費用負担を含めて、本

件契約上、明記されていない。

本件契約において、賃貸借の目的物の種類は事務所とされていること、使用目的について

は、Xの使途を義務付けるものであって、Yに何らかの義務を負わせる規定とはなっていな

いことなどからすると、消防用設備等の設置義務ないしその費用を負担すべき者がYであ

るということを、本件契約の解釈として直ちに導き出すことは困難である。

本件においては、条例47条の特例の適用があり、用途変更を伴う場合には改めて特例の

適用を受ける必要が生じることが特別の事情であったことは認められるものの、当該事情

について、敢えて賃貸人に調査義務を負わせることは相当ではなく、新たに服すべき法、令

及び条例等の規制を満たすための費用を負担させることも相当ではない。

本件契約においては、本件建物が条例47条の特例の適用のある物件であったことを含め

て賃借人が調査すべきであり、Yにおいて格別に告知義務があるということもできないし、

屋内消火栓設備に非常電源を設置することが、唯一の方法であるという意味で、必要であっ

たとか、義務であったとまではいうことができないことからすると、Yにおいて当該設備の

設置が必要なことを告知すべき義務があったということもできない。

 

3 まとめ

消防法等の関係法令の規制は複雑で、借主事業者の使用目的や用途変更の結果、規制に抵

触する場合が有り得ます。

事業用賃貸物件を取り扱う媒介業者においては、契約前に借主に対して「借主の事業目的

に適合するかどうかは、法令上の制限の有無を含めて、借主の責任と費用負担において建築

士等の専門家に確認を行う必要がある」旨のアドバイスを行っておくことが重要と思われ

ます。

本事例に類似する事案に、東京地判令元・7・4 RETIO119-150、東京高判令3・9・15

RETIO124-166があるので参考にしてください。

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