RETIOメルマガ第189号より引用
◆◇◆ 最近の裁判例から ◆◇◆
【賃貸借契約解除の正当事由】
エレベーター故障は賃料全額不払いの根拠になり得ないとして信頼関係破壊を理由に賃貸
人の契約解除が認められた事例(東京地判 令3・6・22 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
X(原告)は、平成28年2月、所有建物(4階建てビル)の2階を次の条件でY(被告)
に賃貸し、Yはレストラン営業を開始した。建物には、レストランの個室に直結したエレベ
ーターが設置され、主に個室を利用する顧客に使われていた。
(賃貸条件)
・賃貸期間:平成28年3月から平成30年3月まで(令和2年3月まで契約更新)
・賃料:月額35万円(管理・共益費なし)
・支払期日:毎月末日までに翌月分
Xは、平成29年2月、共用部分の無断改装・撤去・物品設置・利用方法あるいは町会費
の負担などについてYに契約違反があるとして、是正を求める通知をした。
これに対し、Yは、Xがエレベーターの電源を切るなどしたためエレベーターが使用でき
ない状態にあるとして、直ちに使用できる状態にするよう求めた通知書をXに送付した。
平成29年6月、Yは、エレベーターホール及びエレベーター内部を清潔に保ち、清掃を
行うこと、外出の際はエレベーターの施錠を行うことをXに約し、違反した場合には使用を
停止されても異議を述べない旨の誓約書をXに差し入れた。
平成29年10月のエレベーター点検業者による定期点検で、一部部品につき経年劣化の
ため交換を要すること及びリニューアル工事を行うべきことを提案する旨の報告があった。
その後、エレベーターは、しばしば停止するなどして使用できないことがあった。
Yは、平成30年5月分までは賃料を約定どおりに支払っていたが、エレベーターが使用
できないため家賃を支払わないとXに通告した上で、平成30年6月分から令和元年6月分
までの賃料を約定の支払期日に支払わなかった。
Xは、平成30年8月及び9月にYに対し未払い賃料の督促、支払いのない場合の契約解
除の通知を行ったが、Yからの入金がなかったため、賃貸借契約を債務不履行解除したとし
て、賃貸借契約終了に基づき建物の明渡しを求める訴訟を提起した。
なお、YはXに未払い賃料の一部275万円を令和元年6月に、その後、賃料として毎月30
万円を支払っている。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を認容した。
(賃料不払と信頼関係破壊)
エレベーターを使用できないことが改正前民法611条1項又はその類推適用による賃料
減額の事由に該当する場合であっても、賃借人は使用できない「部分の割合に応じて」減額
を請求できるにすぎないから、そもそも賃料全額の不払の根拠にはなり得ない。
仮にエレベーターを使用できないことにより賃料減額となる場合でも、レストランは2
階に所在し、Yやレストランの顧客は階段で昇降して出入りすることが可能なことを踏ま
えると、その減額幅は最大でもせいぜい月額5万円とみるのが相当である。
そうすると、支払期限(平成30年8月)における賃料不払の額は、賃料3か月分満額に
まで至っていなかったと言い得るとしても、平成30年9月における賃料不払いの額は、賃
料減額分が生じる可能性を考慮しても優に3か月分を超える額に至っていたのであるから、
遅くとも同時点では賃貸借契約の信頼関係は破壊されていたと評価すべきである。
(賃貸人の債務不履行)
Xは、賃貸人として賃借人であるYに対しエレベーターの保守・点検・修繕などを行う債
務は負っているものの、エレベーターは昭和63年から稼働する古い形式のものであって、
古いものであることは契約締結前の内覧・内見等により賃借人側も認識し得たものという
べきである。
そうすると、Xは、古い形式であることを前提として保守点検・修繕やその努力を行って
いれば賃貸借契約上の賃貸人としての債務は履行しているというべきであり、少なくとも
700万円を超えるリ二ューアル工事を実施して常時使用できる状態に復旧しなければなら
ない債務までを当然に負うとはいえない。
エレベーターが使用できない期間が結果として長期に及んでいたとしても、その点を捉
えてXに信頼関係に影響を及ぼすような債務不履行があったということはできない。
また、Yは、事後的に未払賃料の大部分が支払われたこと、Yにとってレストランが唯一
の収入源であることなどを、信頼関係不破壊を基礎づける事情として主張しているが、前者
は解除後の事情であり、後者は不払いを正当化する事情には当たらないというべきである。
3 まとめ
賃貸借契約において、賃借人の最大の義務は賃料支払いであり、賃料の滞納・未払いは重
大な契約違反となり、当然に契約の解除事由となります。賃料滞納が継続して3か月以上と
なる場合には、「信頼関係が破壊されている」と認定され、賃貸人からの契約の解除が認め
られる可能性が高いといえるでしょう。
本件と同様に、賃借人が物件の修繕や管理への不満を理由として一方的に賃料の未払い
を行う事案では、「修繕義務の不履行を理由として賃借人が賃貸人に対し、一方的に賃料引
下げ通知及び賃料不払いを行ったところ、賃貸人からの賃料不払による契約解除等の請求
がほぼ認められた事例」(東京地判平25・5・10)や、「地下1階のライブハウスからの騒音
等による被害を理由として賃料の一部しか支払わない賃借人に対し、賃貸人からの契約解
除及び建物明渡請求が認容された事例(借主への慰謝料について一部容認)」(東京地判 平
26・9・2 RETIO98-132)があるので参考にしてください。