RETIOメルマガ第148号より引用
◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆
[心理瑕疵]
心理的瑕疵による土地建物減価をもって貸室内の自殺事故と相当因果関係が認められる損害
とはいえないとした事例(京都地判 平29・12・13 消費者法ニュース116-374)
1 事案の概要
賃貸人X1(原告)は、姉妹であるX2(原告)と共有する土地上に、共同住宅(5戸)を建
築し、保有していた。
X1は、平成22年10月26日、賃借人A(被告Y1、Y2の子)との間で、共同住宅の一室
(1K)を次の約定で賃貸する旨の契約を締結し、本件貸室を引き渡した。
〇期 間:2年
〇賃 料:36,000円
〇共益費:3,000円
〇敷 金:70,000円
〇連帯保証人:Y1
本件賃貸借契約は3回更新されたが、Aは、平成27年9月27日頃、縊死した。翌28日
(月曜日)、Aの無断欠勤について勤務先から連絡を受けたY1は警察に連絡し、同日午後10
時頃、X1から鍵を借り受けた警察官が施錠用チェーンを切断して本件居室内に立入り、Aが
死亡しているのを発見した。
事件から3か月後、Xらは訴外Bに対して本件土地建物を2,000万円で売却した。Xらか
ら媒介を依頼された仲介業者Cは、Y1に面談してAの死因を問い質したが、Y1は病死であ
ると主張した。しかし、XらとCはBに対し、重要事項説明書ほかの書面にて、Aの死因は
自殺の可能性がある旨の説明をしていた。
平成28年10月、Aの自殺は債務不履行及び不法行為に該当するとして、X1が連帯保証
人であるY1に対して、債務不履行による貸室の修理・リフォーム費用、室内クリーニング
費用12万円余、逸失利益として10年間分の賃料相当額468万円余の損害賠償を、連帯保
証契約に基づき保証履行請求すると共に、本件土地建物が減価する損害1340万円余が生じ
たとして、当該減価をX1とX2が土地の持分に応じてAの相続人であるY1、Y2それぞれに
対し、平成27年9月28日から支払済みまでの遅延損害金を含めた支払を求め、提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xらの請求の一部を認容した。
(1)賃借人は単に物理的破損・汚損のないよう当該居室を管理するだけでなく、心理的嫌悪
感を生じさせるような自殺行為に及ばないことも善管注意義務の一内容を構成すると言う
べきである。Aが本件居室内にて自殺したことは、本件賃貸借契約の債務不履行を構成し、
連帯保証人であるY1は、損害賠償債務について保証債務を負うことになる。
(2)Aが賃貸目的物でもない本件建物全体やその敷地について本件賃貸借契約に基づき善管
注意義務を負うと解すべき理由はない。
Xらは賃貸借契約上の保護義務が、建物賃貸人以外の第三者の建物敷地共有持分にも及ぶ
旨主張するが、Aが賃貸借契約関係に無いX2に対して、本件賃貸借契約上の債務を負う理
由はない。
(3)Xらは、本件土地建物を、土地の価格については取引相場価格から5割減価が相当とし
た仲介業者の査定に、概ね沿うようにして売却したことが認められるが、賃貸用の共同住宅
の一室で自殺事件が発生した場合に、当該事件から間もない時期に所有者が土地建物全体
を売却することが通常一般的に発生する事態であるということはできず、事件当時、Aにお
いてXらが本件事件から間もない時期に本件土地建物を売却することを予見可能であった
と認めるに足る証拠はなく、そうすると、本件土地建物の本件事件前の価格と本件事件後の
価格との差額(減価額)の発生をもって本件事件と相当因果関係のある損害ということはで
きない。
(4)Xらは本件土地建物の帯びた心理的瑕疵は永続し、収益低下、ひいては交換価値の低下
の影響がかなりの長期間にわたり存続する旨主張するが、本件建物において入居者の入居
期間は短期であるなどの事情から、その影響は比較的短期間であるといえる。
(5)Aが本件居室内にて自殺したことは、本件建物所有者であるX1との関係で不法行為は成
立するものの、土地の所有者にすぎないX2との関係で不法行為は成立しない。
(6)本件事件と相当因果関係の認められる損害は、当該居室の賃料収入に係る逸失利益とし
て77万円余(当初1年間は8割程度の減収、その後2年間は5割程度の減収が生じると考
え、中間利息控除)、ドアチェーン交換費用1万円余、床リフォーム費用8万円余、室内ク
リーニング費用3万円余の計90万円余を認容する。
3 まとめ
本件ではY1が本件判決を不満として控訴しましたが、大阪高裁(平成30年6月19日判
決)では、逸失利益の算定にあたって共益費の2分の1を控除(中間利息控除後74万円余)
したほかは原審と同様の判断となりました。
本件判示中でAが「賃貸目的物でもない本件建物全体やその敷地について本件賃貸借契
約に基づき善管注意義務を負うと解すべき理由はない」「賃貸借契約関係に無いX2に対し
て、本件賃貸借契約上の債務を負う理由はない」としている点は、実務上の参考になります。
賃貸住宅の貸主(所有者)が、貸室の一室で自殺事故が発生したことで、因果関係のある
損害として土地建物全体の減価額や、他の貸室の賃料減額を主張して、連帯保証人・相続人
等に賠償を請求した事案の裁判例はいくつか見られますが、認容された例は見受けられま
せん。
具体的な裁判例としては、賃貸住宅の一室のバルコニーで発生した自殺事件が、他の貸室
の賃料額や駐車場使用料にも影響したとして建物全体のリフォーム費用を請求した貸主の
主張を棄却した事例(仙台地判平成27.9.24 RETIO110-126)、賃借人の同居人の自殺事故が
発生して隣室居住者から賃料減額要請があり、貸主は応じたが、当該減額を逸失利益として
認めなかった事例(東京地判平成26.8.5 RETIO098-138)がありますので参考にしてください。