RETIOメルマガ第99号より引用しております。
○残金決済日における手付解除が認められなかった事例
土地の売主が残金決済の場で手付解除の意思表示をした買主に対し、当該手付解除は売
主の履行の着手後に行われたものであり、手付解除は認められないとして、債務不履行に
よる契約解除を主張し、売主が売買契約の違約条項に基づく違約金と受領済金員の差額の
支払を請求した事案において、売主の主張が認容された事例(東京地裁 平成25年9月4
日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1事案の概要
本件は、不動産売買契約は締結したが購入について家族の同意が得られず、契約解除を
考え始めた買主Y(被告)が、決済日直前の仲介業者との打合せにおいて手付解除ができ
ると誤解し、残金決済日当日、決済の場で手付放棄による契約解除の意思表示したところ、
売主X(原告 不動産業者)が履行に着手していることを理由にこれを認めず、最終的に
XがYの債務不履行を理由に契約を解除し、Yに対し違約金と受領済金員との差額の支払
いを請求した事案である。
Yは、(1)手付金相当額で補填可能な実損しか生じない行為は履行の着手とは言えない、
(2)仲介業者が介在したとしても、売主業者には違約金に関する説明義務があるが、Xはこ
れを果たしていない、(3)所有権移転時に抵当権を同時抹消すること(以下「同時処理方式」
という。)でリスク回避を図ったこと、対象物件を第三者に売却し利益を上げたこと、違約
金の説明がなかったこと等を理由に、違約金請求が信義則違反又は権利濫用となる等主張
したが、いずれも認められず、Xが根抵当権者、司法書士と共に決済に必要な書類一式を
持参し残金決済の場に赴いている点は履行の着手と認められるとしてXの請求を認容した。
2判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を認容した。
(1)手付解除の有効性に対する判断
・・・本件手付解除条項において、原告及び被告は、その相手方が本件売買契約の履行に
着手するまでは、互いに書面により通知して本件売買契約を解除することができるとされ
ているところ、この「履行に着手」とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、す
なわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、又は履行の提供
をするために欠くことのできない前提行為をした場合をさすと解するのが相当である
(昭和40年11月24日最高裁大法廷判決参照)。
本件において、被告は、原告から本件売買契約の決済日を前倒しする旨の申入れを受け、
本件売買契約の残代金の支払、所有権移転及び根抵当権抹消各登記手続、並びに本件土地
の引渡しを行う決済日を平成24年3月27日とすることに同意したことから、原告は、
前記各手続を行うための準備をして、同日、本件土地の登記簿謄本、印鑑証明書、所有権
移転登記手続等のための委任状、測量図面、国税の精算書、資格証明及び領収書等を準備
して本件決済場所に赴いたこと、同日、原告から依頼を受けた本件土地の根抵当権抹消登
記手続に必要な書類等を持参した根抵当権者であるM銀行の担当者並びに原告が本件土地
の所有権移転及び根抵当権抹消各登記手続を委任した司法書士も本件決済場所に赴いたこ
とが認められ、これらは、客観的に外部から認識し得る本件売買契約の所有権移転及び根
抵当権抹消各登記手続並びに本件土地の引渡義務の履行の提供と認めることができる。
被告は、原告が前記履行の提供をした状態において、原告に本件売買契約を解除したい
旨を伝えたというのであるから、原告は、被告が手付解除の意思表示をする前に、履行の
着手をしたと認められる。
なお、被告は、手付金相当額ではてん補できない不測の損害を生じさせない行為は、履
行の着手には当たらないと主張するが、履行の着手後に、履行の着手をした相手方に対す
る手付解除が許されないのは、履行の着手に要した費用の損害をてん補するためだけでは
なく、契約が履行されるものとして行動した者の期待を保護し、売買契約が履行されなか
ったことによって不測の損害が生じ得ることを防止するためであるから、履行の着手の有
無は、手付解除の意思表示をするまでの相手方の行為から客観的に判断すべきであり、結
果として、手付金相当額を超える損害が生じたか否かを判断基準とすべきではないと解す
るのが相当である。
(2)原告の説明義務違反の有無に対する判断
(Yは仲介業者から、違約金について説明を受けたと認められる以上、Xが業者であった
としても、改めてその内容を説明する義務はなく、解除意思表示の際も同様に解されると
して、被告の主張は採用されなかった。)
(3)信義則違反・権利濫用の有無に対する判断
(同時処理方式自体は本件売買契約に反する担保権抹消登記手続き方法とは言えないこと、
本件ではXの違約金に関する説明義務がないこと、宅建業法上の規定に照らしても売買金
額の20%の違約金が過大とは言えないことを踏まえ、本件違約条項に基づく違約金請求
が信義則違反や権利濫用に該当し許されないとは認められないとした。)
3まとめ
本件は、売主の履行の着手が認められた事例である。売主は必要な準備を整えて決済の
場に臨んだのであるから、履行の着手として争いようのない内容であり、当判決の判断は
疑問の余地のないものと言える。当然の結果であるが今後の参考としていただきたい。
本件では、決済前日に買主が買側業者に対し、「本契約を解除した場合に手付金以外に費
用が掛かるか」との質問を行い、解約意思があると思いもしなかった担当者が、「手付金
以外に必要ない」と回答したことが認定されている。担当者が買主の意向を認識し得なか
った点はやむを得ないが、決済日前日の段階で売主側の履行の着手による手付解除の制限
について全く言及していない点には疑問を感じる。手付解除の制限について言及しておけ
ば、買主はそれを踏まえて判断したであろうし、本件もここまでの争いにならず、媒介業
者としても無用な争いに巻き込まれず済んだと思われる。同様の事案を扱う場合には十分
ご注意いただきたい。
なお、本件では抵当権の同時処理方式について「本件売買契約における担保権抹消登記
手続は所有権移転の時期までに行うとされており、所有権移転は売買代金の支払がなされ
たときとされていることから、同方式が本件売買契約に反するものとはいえない。」として
いる。同時処理方式について疑問を感じていた方には参考となる意見と思われるので加え
て紹介しておく。
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