◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆[借主の地位譲渡の拒否 ]

RETIOメルマガ第162号より引用

[借主の地位譲渡の拒否 ]

借主の法人名義から個人名義への切替えを貸主が認めなかったことが不公平とまでは言え

ないとした事例

 

社宅として賃借する借主法人の申入れにより、貸主が賃貸借契約の解除に合意したとこ

ろ、社宅の入居者が、実質的な借主であるなどとして契約解除の無効、建物の明渡しを拒絶

した事案において、賃料の負担者は借主内部の問題であり、それにより賃貸借契約の借主の

主体が一方的に変更されるものではないとして、貸主の入居者に対する建物明渡し等の請

求を認めた事例(東京地裁 平成29年8月23日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)

 

1 事案の概要

 

平成22年10月、借主A社(法人)は、本件貸室について、従業員住宅として使用するこ

とを目的として、貸主X(原告)との間で建物賃貸借契約(本件契約)を締結し、同月、入

居者Y(被告)は本件貸室に入居した。

本件契約書の借主欄には、「A社 日本における代表者Y」との署名及びA社の代表者印

の押印がされ、借主の連帯保証人欄には「Y」との署名及び押印がされていた。

平成28年4月、A社の日本における代表者にBが就任し、Yはその地位を退いた。

同年5月、BはA社の代表者として本件契約の解約をXに申し入れ、Xはこれを承諾した。

同年6月、XはYに対し、本件契約の終了に基づく本件貸室の明渡し及び明渡遅延損害金

等の支払いを請求したが、YはXに対して、本件契約の解約申入れは無効であると主張し、

本件貸室の明渡し等を拒否した。

Xは、Yに対し、本件契約の終了に基づく本件貸室の明渡し等を求める本件訴訟を提起し、

「本件契約の借主が形式的にも実質的にもA社であることは明らかである。賃料の支払名

義がYだったからといって、契約書に借主として記名押印していない賃料の支払名義人が

当然に借主になることはあり得ず、BによりなされたA社の解約申入れが有効であることは

疑いない。」などと主張した。

これに対しYは、「本件建物の借主名義がA社であったとしても、本件建物を現実に利用

していたのはYであり、現実に賃料を出捐していたのもYであることからすれば、実質的

な本件建物の借主はYであり、Xもかかる事情について十分に承知していた。Yは、通常賃

料を遅滞なく支払っていることから、Xとの間の賃貸借契約において信頼関係の破壊はなく、

Xが行った契約解除の意思表示は無効である。」などと反論した。

 

2 判決の要旨

 

裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を認容した。

(合意解約による契約の終了の可否)

本件契約書の署名押印の形式や記載内容等に照らせば、YはA社の代表者として 本件契

約をXとの間で締結したもので、借主がA社であることは明らかである。

Yは、当初、Yの個人名義による賃借を希望していたが、Xの要請により、A社名義で同契

約を締結したことが認められるが、Xとしては、賃料の支払能力等に鑑みて、あえてY個人

との間ではなく、A社との間で賃貸借契約を締結し、その上で、Yに連帯保証させたものと

認められる。

そして、上記の本件契約の締結に至る経緯及びYによる同契約上の署名押印の形式等に

鑑みれば、Yとしても、A社を借主とするというXの意思について十分に認識し、これを承

諾していたものと認めるのが相当である。

Yは、本件貸室に現実に居住していたのも、賃料を負担していたのもYである以上、実質

的な借主はYである旨主張する。しかし、本件貸室の使用目的が従業員住宅である以上、A

社の代表者であるYが本件貸室に居住できるのは当然であるし、仮にYが賃料を負担して

いたとしても、A社が賃借した本件貸室の賃料を誰が負担するかは、A社内部ないしA社と

Yとの間の問題であり、それによって、Xとの間の本件契約の借主が一方的に変更されるも

のではない。

Yは、Xに契約名義をY個人に変更するよう何度も要請したが、本件貸室の入っているマ

ンションの他の住人には、契約名義を法人名義から個人名義に変更した例があるにも関わ

らず、Xは、Yについては契約名義の変更を認めず、不公平であると主張する。

しかし、借主を法人にするか個人にするかは、貸主であるXが、当該主体の支払能力等を

考慮して判断することであり(相手方としても、その点に関する貸主の判断に不服があれば

賃貸借契約を締結しなければ足りる。)、他の借主について法人名義から個人名義への切替

を認めておきながら、Yについて認めなかったとしても、不公平であるとまではいえず、本

件貸室賃貸借契約上の借主が誰であるかの認定に影響を与えるものではないし、Xによる本

件貸室の明渡請求等を不当ならしめるものでもない。

したがって、本件契約の借主はA社であると認められ、本件契約はBによる解約申入れ

により、平成28年5月末日をもって終了したものと認められる。

なお、Yは、XとYとの間に信頼関係の破壊はなく、本件契約の解約は無効と主張するが、

本件契約の借主はA社であることは前記認定のとおりであり、XとYとの間の信頼関係を問

題にする余地はなく、Yの主張は失当である。

(Yが責任を負う賃料相当損害金)

A社による本件契約の解約申入れは、予告期間を設けない即時の解約申入れであるから、

本件契約に基づき、A社及び連帯保証人であるYは、Xに対し、賃料の2ヵ月分相当額(解

約申入れの解約予告期間である2ヵ月分の賃料相当額)の解約料の支払義務を負う。

また、Yは、平成28年6月以降、本件建物を不法占有しているから、不法行為に基づき、

Xに対し、賃料相当損害金の支払い義務を負う。

 

3 まとめ

 

本判決は、賃貸借契約において、借主の契約名義を法人とするか、法人の代表者である個

人とするかについては、貸主が借主の賃料の支払能力等をみて決めることであり、貸主が、

他の借主に認めた契約名義の変更を当該借主に認めなかったとしても、不公平であるとま

ではいえないとしたものです。

改正民法においては、539条の2で契約当事者の契約上の地位の移転について明文化され

ていますが、契約の相手方がその譲渡を承諾したときに第三者に移転するとされており、本

件についても、借主の法人名義から個人名義への変更に関しては、貸主の承諾が必要という

ことになります。

 

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