RETIOメルマガ第198号より引用
◆◇◆ 最近の裁判例から ◆◇◆
【無催告解除特約と自力救済】
借主に無断で内装や備品を撤去したことは自力救済であるとして、貸主に対する損害賠償
請求が認められた事例(東京地判 令3・3・10 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Xは、平成9年6月頃から、敷金550万円を預託のうえ、Aよりビル1階の1室23㎡を
借り受けてラーメン店を営んでいた。
本件賃貸借契約では、賃借人が2か月分以上賃料の支払を行ったときは、賃貸人は無催告
解除できることとされていた。
本件物件は、Aの子であるY1が実態的に管理していた。
Xは、平成30年12月以降の賃料を支払わないまま、平成31年1月16日から2月21日
までの間、心筋梗塞の治療のため入院した。
Y1は、Xが入院することは聞いていたものの、賃料を支払わないままラーメン店の営業
をしなくなったことから、本件賃貸借契約は終了したものと考え、Xに未払賃料についての
催告や本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をすることなく、本件建物内の内装や造作
を取り外し、備品等の動産類を廃棄した。
これと前後して、Aは平成30年12月4日に死亡した。Aの相続人にはY1、Y2、Y3
(以下、「Yら」という。)がいたが、Y2、Y3は本件物件の管理に関与していなかった。
Xは、退院後、Y1が店舗内の内装や造作を取り外し、備品等を廃棄するなどしたことに
より損害を被ったと主張して、債務不履行又は不法行為に基づき、Yらに対し、損害賠償金
640万円余の連帯支払を求めるとともに、敷金550万円の返還を求める本件訴訟を提起し
た。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を一部認容した。
[債務不履行又は不法行為の成否]
Y1がXに無断で本件建物の内装や造作を取り外し、備品等を廃棄してXの占有を排除
することにより、Xが本件建物を使用することを妨げたことから、Yらは、Xに本件建物を
使用収益させるべき賃貸人としての債務を履行しなかったというべきである(Y1につい
ては、前記の態様等に照らせば、自力救済としてXに対する不法行為も構成すると認められ
る。)。
Y1は、Xが本件建物の賃料を2か月分滞納したまま、所在が分からなくなったから、本件
賃貸借契約は終了した旨主張する。
しかし、本件賃貸借契約において、2か月分以上の賃料の支払を怠ったときに無催告解除
することができるとの規定があったとしても、当然に本件賃貸借契約が終了するものでな
いことはもちろん、賃貸人において、司法手続を経ず、自ら実力を行使して賃借人の占有を
排除することにより自己の権利を実現することは許されない(自力救済禁止の原則)から、
Y1の主張は採用できない。
以上によれば、Yらは、本件行為について連帯して債務不履行責任を負い、これによって
生じた損害を賠償すべきである。
[損害額]
ア 営業損害
Xが経営していたラーメン店においては、営業利益が上がっていたとは認められないか
ら、営業損害を認めることはできない。
イ 営業再開費用
Xは、Yらに対し、取り外された内装、造作や廃棄された備品等の物的損害のほか、本件
建物と同等の建物においてラーメン店の営業を再開するのに必要な費用のうち相当な範囲
についての賠償を請求することができ、Xが被った損害として100万円を認める。
ウ 慰謝料
本件行為の態様、その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、本件行為による慰謝料と
して30万円を認める。
なお、Y2及びY3は、Y1による行為に積極的に関与したものではないが、Yらの債務
不履行により、Xがラーメン店を営業することができなくなるという重大な結果を招いた
のであるから、Y2及びY3も前記慰謝料の支払義務を免れない。
[返還すべき敷金の額]
本件賃貸借契約は、本件行為により、平成31年2月21日に履行不能により終了したも
のと認められ、Yらは敷金返還債務を負うところ、Xは平成30年12月1日以降の賃料を
支払っていないのであるから、同日から平成31年2月21日までの未払賃料53万円余に当
然充当されるものと解される(最判平14・3・28民集56巻3号689頁)。
したがって、Yらは、Xに対し、これを控除した496万円余の敷金返還債務を負う。
Y1は、敷金から原状回復費用を控除すべき旨主張するが、本件賃貸借契約はY1が自力
救済したことにより終了したのであって、このような場合にはXが原状回復義務を負うと
は解されない。
3 まとめ
無催告解除特約の効力について、最判昭43・11・21は、「契約を解除するに当たり催告を
しなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には無催告で解除権
を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当」としています。
したがって、本事例において、2か月滞納したという事実だけでは、「催告をしなくても
あながち不合理とは認められないような事情があった」とまではいえず、仮に賃料滞納によ
る無催告解除の特約があったとしても、それで当然に賃貸借契約が終了するものではない
と判断されたものと思われます。
したがって、貸主としては、証拠が残る形できちんと督促を行うなど慎重に対応すること
が求められます。
また、借主が滞納したまま行方が知れないなどの状況において、もし、管理業者が貸主か
ら対応方法の相談を受けた場合には、自力救済行為によって貸主に損害賠償責任が生じ得
ることを説明し、賃貸借契約解除や建物明け渡しの提訴を行うなどの適正な法的措置を講
ずるよう助言することが必要です。