◆◇◆ 最近の裁判例から ◆◇◆賃貸人交代時の保証金返還債務

RETIOメルマガ第194号より引用

◆◇◆ 最近の裁判例から ◆◇◆

                  

賃貸人交代時の保証金返還債務

保証金の返還債務は賃貸物件の売買当事者間で引き継がれた金額に拘らず新賃貸人に承継

されるとした事例(東京地判 令3・10・8ウエストロー・ジャパン)

 

1 事案の概要

平成26年9月10日、借主X(原告・法人)は、当時の貸主A(訴外)との間で事業用賃

貸借契約(以下、「本件賃貸借契約」という。)を締結し、事務所ビル(以下、「本件建物」

という。)を月額賃料50万円で3年間借り受けた。

本件賃貸借契約では、Xが差し入れる保証金を税抜家賃の6か月分相当額の300万円と

し、本件保証金については、解約時に解約時賃料の2か月分を償却するものと約定された。

平成27年3月2日、貸主Aは、本件建物をB(訴外)に売却し、Bが賃貸人の地位を承

継した。

平成29年8月31日、本件賃貸借契約の期限到来に伴い、XとBは、新たに賃貸借期間を

同年9月10日から3年間とする事業用賃貸借契約(以下、「本件更新契約」という。)を締

結した。

本件更新契約においては、本件保証金について、次の旨が定められており、同旨の定めが

賃貸開始当初からの本件賃貸借契約においても規定されていた。

第6条(保証金)

1 乙は、本契約から生じる債務の担保として、保証金300万円を甲に預け入れるものとする。

2 乙は、本物件を明け渡すまでの間、保証金をもって賃料、共益費その他の債務と相殺

をすることができない。

3 甲はこの契約の解除または終了により、乙が当該賃貸借物件についてこの契約に定め

る明渡しその他の義務を完全に履行したことを甲が認めた場合には、遅滞なく第1項の保

証金より償却費として解約時賃料の2か月分相当額を差し引き、返還するものとする。

 

平成31年2月18日、Bは、本件建物をY(被告・法人)に売却し、Yが賃貸人の地位を

承継した。

同年12月8日、Xは本件賃貸借契約を解約し、Yに対し、預託した保証金300万円から

約定の償却費100万円(解約時賃料2か月分)、未精算の日割賃料13万円余及び原状回復

費用20万円を控除した166万円余を返還するよう請求した。

これに対し、Yは、前々所有者及び前所有者から保証金として200万円が引き継がれてき

た事実から、預かっている保証金は200万円(注.更にそこから100万円を償却できるとの

趣旨)であると主張した。

Xは、Yが前所有者から幾ら保証金を引き継いだかということはXの保証金返還請求権に

は関係がなく、二重の償却を認めた事実もないとして本件訴訟を提起した。

 

2 判決の要旨

裁判所は、次のように判示して、Xの請求を全額認容した。

本件賃貸借契約書、諸費用の精算書、預かり証並びに本件更新契約書には、いずれも本

件建物の保証金として「300万円6か月分(償却2か月)」の旨が記載されている。

上記認定事実によれば、Xは、本件賃貸借契約締結時において、当時の本件建物所有者

であるAに対し、本件保証金として300万円を預け入れ、本件更新契約においても同額が

引き継がれたことが認められる。

また、本件賃貸借契約及び本件更新契約に係る各契約書における保証金の定め方から

すれば、本件保証金は、賃借人の賃貸借契約上の債務を担保する敷金としての性質を有す

ると解されることから、旧賃貸人であるAに預け入れられた本件保証金は、本件建物の所

有権移転及び賃貸人たる地位の移転に伴い、B及びYに承継されるものと解するのが相当

である(最高裁第一小法廷昭和44年7月17日判決・民集23巻8号1610頁参照)。

したがって、Yは、Xに対し、本件保証金300万円から償却費100万円、令和2年12月分

の日割賃料13万円余及び原状回復費用を控除した額を返還する義務を負う。

Yは、Yの前所有者であるBから引き継いだ保証金が200万円であることから、Xが預

託した本件保証金も200万円である旨主張するが、YがBから引き継いだ保証金が200万円

であったとしても、AないしBにおいて100万円を償却した後の本件保証金を引き継いだ

ということも十分考えられることから、直ちにXがAに預託した本件保証金の額が200万

円であるとの結論が導かれるものではない。

 

3 まとめ

本事例は、売却により賃貸借物件の賃貸人が交代した場合における保証金の償却の取り

扱いを巡って紛争となったものです。

不動産賃貸借契約において、保証金(敷金)とは、賃借人が賃貸借契約上生じる債務を担

保するための金銭であり、賃貸人の地位に承継があった場合は、その権利義務関係が新賃貸

人に承継されることは前記の最高裁判例以来確立しているものです。

本事例は、賃貸物件の保証金返還債務は、売買当事者間で引き継がれた保証金の金額に拘

らず、当初差し入れられた金額で新賃貸人に承継されるとしたものであり、実務上留意すべ

き点として参考になります。

償却金の取り扱いについては、賃貸物件の売買当事者間において、保証金の引継ぎや売買

価格の設定で調整すべき問題であり、賃貸物件の媒介に携わる宅建業者としては、売買当事

者の認識に齟齬が生じないよう丁寧に説明しておく必要があるでしょう。

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