RETIOメルマガ第97号より引用しております。
○賃貸借契約解除に伴う貸主の借主に対する原状回復費用請求のうち通常損耗補修特約に
係る請求が否認された事例
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建物賃貸借契約の借主の債務不履行により契約を解除した貸主が、特約による原状回復
費用、未払賃料等及び使用損害金等の損害賠償を求めた事案において、貸主の損害賠償請
求のうち原状回復費用請求については、通常損耗補修特約の合意は否認され、特別損耗に
係る請求のみが認容された事例(東京地裁平成25年8月19日判決 ウエストロー・ジャ
パン)
1 事案の概要
訴外A(以下「A」という。)は、本件建物部分を含む一棟の建物(以下「本件建物」と
いう。)を所有している。AはB社(以下「B」という。)との間で、平成22年8月1日ま
でに本件建物に係る賃貸借契約を締結し、本件建物を引き渡した。
Bは、Y社(被告)(以下「Y」という。)との間で、平成22年8月1日、本件建物部分
を次の約定により賃貸する賃貸借契約を締結し、Yに引渡した。その際、YはBに対し、
敷金39万6千円を預けた。
・期間:平成22年8月1日から2年間
・賃料:月額20万7900円
・共益費:月額1万5750円
・特約:賃借人が本件賃貸借契約終了と同時に本件建物部分を明け渡さないときは、賃借
人は本件賃貸借契約終了の日の翌日から明渡済みまでの賃料相当額の倍額の使用損害金
及び諸費用相当額を支払う。
・Yの代表者Y1(被告)(以下「Y1」という。)はYの債務につき連帯保証する。
本件賃貸借契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には、原状回復義務等に関
して定めがあり、次の特約事項がある。
(1)退室時の賃貸借室内の、清掃費、補修費は賃借人の負担とする。
(2)本物件は事務所使用となっており、解約時の原状回復工事費用は賃借人負担とする。
Aは、平成23年12月31日、Bとの賃貸借契約を終了させ、同日、新たに、X社(原告)
(以下「X」という。)との間で本件建物に係る賃貸借契約を締結し、Xに引渡した。
これに先立ち、同年12月7日、B、X及びYの間で、本件建物部分の賃貸人の地位をBか
らXに移転する旨合意し、Xは、BのYに対する敷金返還債務を承継した。
Yは、平成24年5月分以降の賃料等の支払を怠ったことから、Xは、同年7月25日ま
でに支払うことを催告したが、同日経過により本件賃貸借契約は解除(Yは平成25年1月
25日に明渡した)されたため、XがYに対して原状回復費用22万401円を含めた契約上の
特約による使用損害金等の合計258万9301円を求めて提訴したものである。
2 判決の要旨
裁判所は、通常損耗補修特約を否認し、貸主Xの特別損耗に係る請求のみを認容した。
(1)建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせ
るのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人の賃貸借終了時の
原状回復義務の内容として、通常の建物利用による内装、設備の劣化や汚損・毀損を修繕
する義務を負わせることは原則として許されず、賃借人に原状回復義務が認められるため
には、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約
書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃借契約書では明らかでない場合には、
賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたも
のと認められるなど、その旨の通常損耗補修特約が明確に合意されていることが必要であ
り同特約がない限り、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他建物賃貸借契約の
趣旨・内容から想定される通常の使用を超えた使用によって汚損・毀損等を発生させた場
合、すなわち特別損耗に限って、賃借人においてこれを修繕して原状を回復すべき義務を
負うものと解するのが相当である(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決参照)。
(2)本件賃貸借契約における原状回復に関する約定を定めているのは本件契約書第14条及
び特約事項(1)(2)であるが、通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されているというこ
とはできない。また、本件ではXがYに対し、通常損耗補修特約の内容を個別具体的に説
明し、Yがその内容を明確に認識していたという事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件賃貸借契約において通常損耗補修特約の合意が成立しているというこ
とはできない。
(3)以下(1)~(4)の内容が、通常損耗にすぎないか、それとも特別損耗に当たるかにつき個
別具体的に検討したところ、
(1)リビング・洋室のエアコン内部清掃
(2)玄関・LDK、トイレ、洋室の壁塗装
(3)トイレ・洋室・LDKの引戸、木枠、巾木、膳板塗装
(4)LD・洋室のフローリング床補修
Yは、トイレの壁面の穴、玄関・LDK及び洋室の各壁面における家具類の引きずり跡
並びにフローリング床の傷に関する各補修費用を負担すべき義務があると認めることがで
き、上記補修費用は、トイレの壁面の穴について4872円、玄関・LDK及び洋室の各壁面
における家具類の引きずり跡について3万4000円、フローリング床の傷について3万5000
円をもって相当と認める。
そうすると、Yは、上記各補修費用に、当事者間に争いのない補修費用である本件建物
部分全体のクリーニング費用4万5000円及びリビングのブラインド清掃費用3万円を合計
した14万8872円を負担すべき義務があるから、Xは、敷金からの原状回復費用への充当
としてはこの限度で理由があり、7万1529円については理由がない。
3 まとめ
本事例は、事務所目的の賃貸借契約であり、平成17年12月16日の最高裁判決を引用し、
通常損耗補修特約の合意が成立していないと判断、賃借人の通常損耗に係る費用負担を否
定して、特別損耗に係る費用のみを認めたものである。
同様に、事業用賃貸借契約の原状回復特約が通常損耗も含めた原状回復義務を負うもの
ではないとされた判例がある(大阪高判平18・5・23 RETIO67号掲載)。
一方、東京高判平12・12・27では、事業用賃貸借契約においては、借主が通常損耗を含
めた原状回復義務を負うという特約を定めることには経済的合理性があるとされている。
本件引用の最高裁判決は居住用賃貸借についての判断であり、事業用賃貸借については、
特約は居住用に比べれば認められやすい部分もあると思われるが、特約の合意が明確でな
い場合は借主の通常損耗負担が否定される可能性がある点を認識しておくべきであろう。
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