◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆契約締結義務違反

RETIOメルマガ第180号より引用

◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆

                  

[契約締結義務違反]

賃借申込人が契約締結直前に一方的に交渉を破棄したことによる賃貸人からの契約締結上

の過失に伴う損害賠償請求が認められた事例

(札幌高判 令元・9・3 判例タイムズ1473-33)

 

1 事案の概要

平成28年4月、Y(第一審被告・賃借予定者・小売業)は、X(第一審原告・賃貸人)

がa市内に所有する建物(本件建物)への出店を希望し、媒介業者Aを通じてXに出店申

込書を提出した。その際Yは、契約期間3年、Xが内装を解体して引渡すことを条件と

し、7月の引渡しを希望した。Xは本件建物で自らが営業中の店舗(X店舗)を閉店してY

に賃貸する方向で、Yと交渉を開始したものの、X店舗が営業中であることや内装解体工

事が必要とされたため、7月の引渡しは拒否した。

同年6月、XはAを通じてYに対して、X店舗の閉店や内装解体工事に費用を要するこ

とから、契約期間を5年とし、引渡後3年以内にYが退去する場合は、その間の賃料相当

額を支払うこと(本件賃料保証条項)、販売する商品についてXが近隣で営業している店

舗と競合しないようにXの承諾を得ること、等の条件を提示するとともに引渡しは9月以

降としてほしい旨申入れた。

同年7月、Yは当初難色を示していた本件賃料保証条項について取締役会の承認が得ら

れ、賃貸借期間も5年間とすることが可能である旨をXに連絡し、その後賃貸借開始日を

同年11月1日とすることで両者が合意したことから、契約書案文のやり取りが本格化し

た。

同年9月末には、XとYとの間で契約書の内容が概ね合意に達し、翌月7日頃にXはB

社にX店舗の内装解体工事を発注した。同月11日、Yの社内で本件賃料保証条項を見直

すべきとの意見が出たため、YはXとAに対して11月1日の引渡しを延期するよう申し

入れるとともに、その後Xの求めに応じて「引渡保留に関するお願い」をXに提出した。

同年10月28日、YはXと面談し、本件賃料保証条項の見直し等を求めたが、Xはこれ

に応じず、交渉は決裂した。その後XはB社に対して内装解体工事の契約解除に伴う損害

金として、663万円余を支払った。

Xは、Yに対して賃貸借契約解除に伴う違約金(2480万円)や内装解体工事の中止に伴

う損害金等(729万円余)の支払いを求めたものの、Yはこれに応じず、その後Xはこれ

らの支払いを求めて本訴を提起した。

原審は、Xの請求のうち契約に定められた違約金の請求は棄却し、解体工事契約解除に

伴う損害金等の請求のみを認容したため、これを不服とする両者が控訴した。

 

2 判決の要旨

裁判所は、次のとおり判示し、両者の控訴を棄却した。

(本件賃貸借契約の成否)

賃貸借契約は、賃貸人・賃借人となる者双方が締結の意思表示をすることによって法律

行為として成立する。交渉経過によれば、XとYは契約書案を詰めて双方の代表者の了承

を得ようと努めており、双方が契約書を取り交わすことをもって契約締結の意思表示とす

ることを了解し合っていたとみるべきで、本件では、結局その段階に至っていないから、

賃貸借契約について意思表示の合致はなく、契約は不成立であると言わざるを得ない。

(契約締結上の過失の有無)

契約法を支配する信義誠実の原則は既に契約を締結した当事者のみならず、契約締結の

準備段階においても妥当するものであり、当事者間において契約締結の準備が進捗し、契

約締結交渉が大詰めに至って、形式的作業を残すのみになり、相手方において契約の成立

が確実なものと期待するに至った場合には、このような期待を保護する必要があり、その

一方当事者としては相手方の期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努めるべき信義則

上の義務がある。正当な理由なく契約の成立を妨げる行為をして交渉の相手方に損害を生

じさせた場合には、不法行為を構成するというべきである。

本件では、両者間で5か月以上契約締結に向けた協議が進められ、平成28年9月末に

は、最も困難な交渉課題であった本件賃料保証条項を含め認識の共通化が図られ、Xは代

表者の了承を得て、Yも社内の最終決裁を得るべく準備を進めていた状況であった。よっ

て、同年10月7日頃の段階において、Xは契約の成立が確実なものと期待するに至ったと

評価でき、このような期待は法的保護に値し、また、YもXがこのような期待を抱いてい

ることを認識していたとみることができる。

にもかかわらず、Yは同月11日になって本件建物引渡しの中止とXが合意に達したと

認識していた本件賃料保証条項等の見直しを求め、同月28日まで直接交渉をすることもな

く時間を経過させており、誠実に交渉を継続したとはいい難いし、これらの求めには正当

な理由があったとも認められない。

そうすると、Yの同月11日以降の行為は、それまでの交渉経緯に照らし正当な理由がな

く賃貸借契約の成立を妨げる行為であるといえ、これによってXが被った損害について、

賠償すべき責任を負う。

(結論)

よって原判決は相当であり、X及びYの各控訴には理由がないから、いずれも棄却す

る。

 

3 まとめ

契約書面の締結が契約成立の前提とされていたのであれば、契約に定められた違約金の

支払義務が生じるものではありませんが、相手方に契約が締結されるという強い信頼を与

えて、損害を発生させ、かつその発生を予見できた場合には、契約を締結しなかった者に

は、これにより相手方に現実に生じた損害を賠償する責任が生じることとなります。

なお、事業用建物の賃貸借契約について、契約締結上の過失が認められた事例として

は、東京高判平30・10・31(RETIO115-130)や東京高判平20・1・31(RETIO73-

190)が、否定された事例として、東京地判 平28・1・21(RETIO111-84)や東京地判

平22・2・26(RETIO84-112)が見られることから、併せて参考にしてください。

 

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